おはようございます。

前市議会議員の林冬彦です。


今日は31年前に阪神・淡路大震災が起こった日。そして、わたしの心に「災害から皆の命を守ることが大切」と刻まれた日です。


あの日、私はニュースを見ずに、勤務先である東京都千代田区の大前研一事務所の朝会議に向かっておりました。


8時に到着すると、神戸で大変なことが起こっていると他のスタッフから聞かされ、皆でテレビをつけると、そこに映っているのは、一週間前に祖母とそこにいた神戸・三宮の街のあちこちから火の手が上がっている光景でした。



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直ぐに神戸に住む祖母に電話するも回線が繋がらない。当時はまだインターネットがなくてパソコン通信全盛の時代。私が責任者をしていた大前研一さんのパソコン通信会議室に被災地の情報を求めても、関西からの発信は沈黙。


テレビ映像を前に呆然としてしまいました。


結局、祖母は大阪府から救出に向かった弟によって9時間半後に救出されました。


箪笥の下敷きになっていたのですが、箪笥の引き出しが出てそれが完全に倒れるのを防いだことで生きておりました。


住んでいたマンションの玄関は歪んで開かず窓枠を取り外して中に入ったところ、部屋の中は割れたガラスが散乱し、大人が一人では持てない大型ブラウン管テレビが2m以上吹っ飛んでいました。祖母が生きていたのは奇跡的でした。


私は、その後、しばらくの間、パソコン通信担当者として、関西の方と連絡を取り合い、救援物資や開放されたお風呂情報を取りまとめて発信することに従事しておりました。


その後、被災地に入れるようになってから神戸に行ったのですが、一階部分が潰れたマンションが立ち並ぶ光景に唖然としたのを昨日のことのように思い出します。


そんな中でも助け合って生きる人の姿に触れることもあり、それが救いと希望になりました。


どんなにまちづくりの施策が行われていようとも、日々の暮らしを一瞬で破壊してしまう大震災。政治家の対応も人の命に大きく関わる。


あの光景を目にしたからこそ、今、私は戸田市の防災に力を入れてきました。身内が被災し、壊れた街を目にし、政治家になったことは、そこに力を入れろという天の意志だと思っております。


阪神・淡路大震災発災の日、私は当時のことを忘れまいと、当時、神戸市職員さんが撮影した映像を見ることにしています(パソコンに保存しています)。


元の映像は削除されてしまったようですが、ニュース映像がYouTubeにありました。

https://youtu.be/-EZ4lj4H_P4


それぞれの現場で、お互いに頑張りましょう!