今日の埼玉新聞1面に、私たち戸田市の戸田ボートコースとここで中学生を教える埼玉県ボート協会理事長の和田さんが記事紹介されていました。
私は以前、戸田市が定期的に行っている市民を対象にしたボート教室に参加して、何度か和田さんにお会いしました。ボートはみるのもいいですが、体験してみるとまた喜びが違います。
戸田市はボートのまちとして、全国的に知られていますが、市内で生活していると、戸田ボートコース近くに住んでいないこともあって、個人的にはいまひとつ身近でないような感じがあるのですが、仕事などで様々な場所に行くと、ボートをやっていた方と知り合うことが多く、みなさん一度は戸田ボートコースでの練習を体験されています。そして、名刺をだすと、ボートのことやボートコースのことで話題が盛り上がります。
私たち戸田市民にとって、誇らしい場所であると同時に、ボート競技に関わった方々にとって記憶に残る古里となっていること、嬉しく思います。

(埼玉新聞 2012年7月22日)
西日を受けた水面がきらきらと輝く。遠くに黒い点が数個浮かび、ゆっくりと少しずつ大きくなった。両脇でオールが水をかいている様子は、アリのように小さい。「あ、来ましたね。一番左がうちの勝田と松岡です」。どうして分かるんですか?。「オールの動きで分かります」と和田卓さん(67)。ここは戸田ボートコース(戸田市戸田公園)。県ボート協会理事長の和田さんは、ここで中学生8人にボートを教えている。県体協ジュニアアカデミーの生徒らで、全日本中学選手権競漕大会(21〜22日、岐阜県長良川国際レガッタコース)を目前に仕上げの練習を続けていた。
■日々練習
ダブルスカルの依田なつきさんと馬面(ばめん)優華さんは戸田中の3年生。依田さんは「オールや体の動き、全部を2人で合わせる。オールの先のブレードだけじゃないんです」「一生懸命、息を合わせてます」と馬面さん。
「姉を見て楽しそうだったので僕もボートを始めた」と同3年の勝田諒大(まさひろ)君。ダブルスカルを組む同3年の松岡裕希君は「取りあえず決勝に残りたい」と話す。
喜沢中2年の浅川諒君は「今までの練習を生かしたい」。一緒にダブルスカルをこぐ戸田中3年の上原歩夢君は今年2月、浅川君と2人で水に落ちたことを振り返った。「冷たかった。あの悔しさを思い出して頑張る」
残る2人はシングルスカル。戸田中3年の真瀬賢也君は「バランスが大事です」。都内の暁星中2年の伊東穂高君は「力の入れ方が難しい」。
■ヌシの思い
「教えるたって、見ているだけ。だらしなく、いいかげんなコーチなんですよ」。和田さんはそう言うが、アリのように小さい点を、誰がこいでいるかを見分ける目は尋常ではない。
和田さんは鳥取県出身。米子東高校ボート部時代は中海でこぎ、日大ボート部へ。2年生の時に東京オリンピック(1964年)が開催された。ボート の会場は改修された戸田ボートコース。先輩たちが西欧勢に立ち向かうのを見て「かなわないな」と思った。翌65年夏、和田さんが乗った日大舵付きフォアが 全日本選手権で優勝。卒業して2年してから戸田市役所に就職した。
「大学時代からからずっと、戸田コースで生息してきました。ボートをやった人はみんな戸田コースが古里だと思っている」。和田さんは「戸田のヌシ」の一人なのだ。
「この中学生たちの中から将来、オリンピックの選手が巣立ってほしい」と和田さんは夢見ている。
【メモ】
県体協のジュニアアカデミーのボート部門の生徒は現在8人。県内唯一、中学校にボート部のある戸田市立戸田中の6人(うち女子2人)と、同市立喜沢中と都内の私立暁星中の生徒たち。ほとんど毎日、放課後にやって来て、高校生や大学生に交じって練習している。
私は以前、戸田市が定期的に行っている市民を対象にしたボート教室に参加して、何度か和田さんにお会いしました。ボートはみるのもいいですが、体験してみるとまた喜びが違います。
戸田市はボートのまちとして、全国的に知られていますが、市内で生活していると、戸田ボートコース近くに住んでいないこともあって、個人的にはいまひとつ身近でないような感じがあるのですが、仕事などで様々な場所に行くと、ボートをやっていた方と知り合うことが多く、みなさん一度は戸田ボートコースでの練習を体験されています。そして、名刺をだすと、ボートのことやボートコースのことで話題が盛り上がります。
私たち戸田市民にとって、誇らしい場所であると同時に、ボート競技に関わった方々にとって記憶に残る古里となっていること、嬉しく思います。

(埼玉新聞 2012年7月22日)
ボートの古里「戸田コース」 中学生8人が力漕 五輪夢見るコーチ
西日を受けた水面がきらきらと輝く。遠くに黒い点が数個浮かび、ゆっくりと少しずつ大きくなった。両脇でオールが水をかいている様子は、アリのように小さい。「あ、来ましたね。一番左がうちの勝田と松岡です」。どうして分かるんですか?。「オールの動きで分かります」と和田卓さん(67)。ここは戸田ボートコース(戸田市戸田公園)。県ボート協会理事長の和田さんは、ここで中学生8人にボートを教えている。県体協ジュニアアカデミーの生徒らで、全日本中学選手権競漕大会(21〜22日、岐阜県長良川国際レガッタコース)を目前に仕上げの練習を続けていた。
■日々練習
ダブルスカルの依田なつきさんと馬面(ばめん)優華さんは戸田中の3年生。依田さんは「オールや体の動き、全部を2人で合わせる。オールの先のブレードだけじゃないんです」「一生懸命、息を合わせてます」と馬面さん。
「姉を見て楽しそうだったので僕もボートを始めた」と同3年の勝田諒大(まさひろ)君。ダブルスカルを組む同3年の松岡裕希君は「取りあえず決勝に残りたい」と話す。
喜沢中2年の浅川諒君は「今までの練習を生かしたい」。一緒にダブルスカルをこぐ戸田中3年の上原歩夢君は今年2月、浅川君と2人で水に落ちたことを振り返った。「冷たかった。あの悔しさを思い出して頑張る」
残る2人はシングルスカル。戸田中3年の真瀬賢也君は「バランスが大事です」。都内の暁星中2年の伊東穂高君は「力の入れ方が難しい」。
■ヌシの思い
「教えるたって、見ているだけ。だらしなく、いいかげんなコーチなんですよ」。和田さんはそう言うが、アリのように小さい点を、誰がこいでいるかを見分ける目は尋常ではない。
和田さんは鳥取県出身。米子東高校ボート部時代は中海でこぎ、日大ボート部へ。2年生の時に東京オリンピック(1964年)が開催された。ボート の会場は改修された戸田ボートコース。先輩たちが西欧勢に立ち向かうのを見て「かなわないな」と思った。翌65年夏、和田さんが乗った日大舵付きフォアが 全日本選手権で優勝。卒業して2年してから戸田市役所に就職した。
「大学時代からからずっと、戸田コースで生息してきました。ボートをやった人はみんな戸田コースが古里だと思っている」。和田さんは「戸田のヌシ」の一人なのだ。
「この中学生たちの中から将来、オリンピックの選手が巣立ってほしい」と和田さんは夢見ている。
【メモ】
県体協のジュニアアカデミーのボート部門の生徒は現在8人。県内唯一、中学校にボート部のある戸田市立戸田中の6人(うち女子2人)と、同市立喜沢中と都内の私立暁星中の生徒たち。ほとんど毎日、放課後にやって来て、高校生や大学生に交じって練習している。
コメント
コメント一覧
戸田市が定期的に行っている市民を対象にしたボート教室について、詳しく書いていただけると嬉しいです。
市民ではありませんが、ボートにそそられます。近くには大学のボート部が多くて、そこに参加したことがあるくらいです。
しかしアカデミーが県体協で和田さんが県ボート協会とは理由があるんでしょうか。