昨日の記事に、私が所属する戸田市鍛冶谷町会で盆踊りの櫓組みをした話を書きましたが、町会でこんな奉仕活動をやった後に、町会会館でちょっとしたお疲れさん会をやるのです。 おにぎりやお煎餅、町会の婦人部の人が漬け込んだお新香などをいただきながら、いろいろな話をするのですが、私にとっては昔の戸田市のお話をいろいろ聴かせていただけるまたとない機会になっています。 昨日は午前7時から11時過ぎまでびっしりと作業した後に、町会会館で休息をとったのですが、先の大戦の時の話などをいろいろと伺いました。 第二次世界大戦の時、今の戸田競艇の駐車場の辺りには高射砲の陣地があって、命中精度も幾分高かったとか。ある時はB29を撃墜もしたそうです。そのB29の残骸は今の戸田公園駅近くのゴルフ練習場のある場所に集められ、金属の再利用にまわされたとか。当時の戸田市にはアルミニウムの精錬をやる工場もあり、第二次世界大戦の時は、成層圏を飛ぶB29に対抗するためにはアルミニウムを素材とする装置(排気タービン)が必要だったにも関わらず、国内でアルミニウムが産出されないこともあって、戸田市にはあった工場が重宝されたとか。 また、大戦末期、東京の空をみると、(空襲で燃えて)真っ赤だった話や、新曽に焼夷弾が落とされた話や、五差路そばの新田口にあったある民家だけが機銃掃射を受けて燃えた話などを伺いました。 戸田ボート場にも随分焼夷弾が落とされたそうです。 こんな話はなかなか文章では残されていませんので、実際に体験され、見聞きされた方々のお話を伺うのはとてもありがたいことです。 こんなことも、私にとっては町会活動に参加して得られる楽しみのひとつになっています。