当会では、毎月会報をだしておりますが、今月はその巻頭文を私が担当いたしました。いつもですと、会報発行後1ヶ月くらいをおいて、このブログで紹介することにしているのですが、今回は内容が今のことですので、紹介させていただきます。ご笑覧くださいませ。
なお、いしん埼玉市民の会は、基本的に毎月第二土曜日の午後1時から5時まで、浦和(さいたま市民会館うらわ)もしくは大宮(シーノ大宮)で活動委員会をやっております。ご関心のある方は、私までお問い合わせください(会の活動については、このブログ左側の新聞インタビュー記事にも書かれています)。
危急の時に接してみえた「無責任体質」という病根
会長 林冬彦
3月11日に起こった東日本大震災は、津波による壊滅的被害とともに、壊れた福島第一原発からの放射線物質汚染という未曾有の災害を引き起こし、約1ヶ月たった現在もまだその収束の見通しが立っておりません。
震災で亡くなられた方々に哀悼の意を表するとともに、避難生活を余儀なくされている方のご苦難や、放射能汚染の恐怖にさらされながら封じ込め作業にあたられている現場、そして東北・関東の方々の心情を考えると、胸が張り裂ける思いです。今はただ、一日もはやく安心できる日が来るのを願うばかりです。
さて、「危急の時にこそ本当の姿が現れる」というようなことは、よく言われてきましたが、まだ継続しているこの震災と原発災害の中で、見えてきたものがいくつかあります。その最たるものとしてあげられるのが「無責任体質」ともいうべき組織上の欠陥ではないでしょうか。
上から目線の会見で批判を浴びた原子力保安院、「想定外」「天災」を強調し、自らの危機管理の甘さを認めようとはしない東京電力(社長は「入院」といって会見に姿も見せない)、国際法である「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約(ロンドン条約)」に批准しているにも関わらず「船や飛行機からの投棄でないから」という解釈をして関係諸外国に図ること無く放射能物質を含む汚染水を海に流し始めた政府・外務省、これらはとても責任感をもってことにあたっているという印象がありません。
また、省庁の縦割り体制が物事を進まなくしているという理由から地震発生後に次々に対策本部が設置されましたが(緊急災害対策本部、原子力災害対策本部、緊急災害対策本部の下に設置された被災者支援特別対策本部、その他、電力需給緊急対策本部、福島原子力発電所事故対策統合本部、など)、対策本部の濫立が新たな縦割りとなり機能的に動いているとは言い難い状況になっています。
そしてその最高責任者であるのは菅直人首相ですが、個人の資質によるものか制度上の欠点なのかは判断できないものの、全てを把握、理解した上で有効なリーダーシップを発揮しているとは言い難い印象です。一方、もともと政権与党時代に原子力発電所の建設を積極的に推進してきた自民党も、民主党政権の現状の不手際を非難はしても、当時の自らの管理責任についてはほとんど触れません。
また、被災地救援や原発対応で混乱する4月1日に「外国人住民基本法の制定に関する請願」を衆議院に提出した社民党・阿部知子議員と推薦人に名を連ねる社民・民主・公明・みんなの党の議員諸氏は、いったいどこの国民の生命と財産を重視しているでしょうか。
かつて、我が国は江戸時代末期や第二次世界大戦に至る昭和期において国家存亡の危機に直面しました。いずれの場合も、当時の体制には、上にいけばいくほど責任の所在が曖昧で分からなくなるという「無責任体質」があったと言われています。
しかし、私たちの国は、その都度多くの犠牲を払いながら新しい国づくりへ転換してきました。災害に遭いながらも規律を守り助け合う被災地の姿、民主党政権幹部から「暴力装置」と愚弄されながらも迅速かつ献身的な災害救助活動をみせる自衛隊、国民と困難を分かち合いたいと皇居や御所で自主停電をなさる天皇皇后両陛下のお姿など、世界が賞賛する日本の姿があるのも事実です。
今この危急の時に接して、私たちに課せられているのは、「無責任体質」を生み出す病根を見据え、退治し、新しい国づくりへ踏み出す一歩だと思います。
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