昨晩の地震はかなり揺れましたね。私はちょうど総武線の車中だったのですが、走行中に携帯の緊急地震速報(iPhoneアプリの「ゆれくる」)が鳴り出しびっくりしました。すると即座に電車も減速し、駅に停車したところでグラッときました。

また、昨日の早朝には、上戸田5丁目のプラスチック工場で火災が発生し、けたたましいサイレンの音にいったい何が起こったのだとびっくりされた方も多かったのではないでしょうか。

大震災後、不安に思うことが多く続く毎日ですが、壊れた福島第一原発も、事態収拾の目処はたっておらず、今のところは、埼玉県における放射性物質の各種値は安全と言われているレベルを推移しておりますが、もし原発がさらなる深刻な状況に陥った場合、福島からは離れていると思っていても、風向きによって影響がでてくることは大いに考えられます。

今なお、次々に現地では震災で亡くなられた方々のご遺体が発見されるという現状に悲しみと哀悼の気持ちがあふれ出てきます。避難生活を余儀なくされている方のご苦難や、放射能汚染の恐怖にさらされながら封じ込め作業にあたられている現場、そして東北・関東の方々の心情を考えると、胸が張り裂ける思いです。今はただ、一日もはやく安心できる日が来るのを願うばかりです。

私は普段通り、日々の仕事に従事しておりますが、一方では震災後、そんな気持ちにずっととらわれている自分がいて、あの日を境に自分の価値観、ものの見方が変わってしまったような気がしております。正直、少し苦しいです。

そんな中で、行われている埼玉県議会議員選挙ですが、先日、新聞折り込みの形で「選挙公報」が入ってきました。

あまり表にでていないそれぞれの候補者たちの情報を耳にしていたり、震災後に私の価値観が変わってきたりしたからでしょうか、その選挙公報に書かれた言葉に「選挙で受かりたいがために聞こえのよい言葉」は多くあっても、「心からの言葉」を少しを除いてあまり感じることができません。

さて、今回で、2011年埼玉県議会議員の選び方(戸田市編)は4回目となりますが、結局のところ、私が選ぶ基準があるとすれば「その人の人柄や生き方の姿勢」ということになるかと思います。

今回立候補されている4人の方々は、政治家としては新人ではなく、県議会議員や市議会議員としてやってきた過去を持っています。

その人が、政治家として何を言いどんな活動をやってきたか、何をつくりだして来たか、政治家としてどう世渡りしてきたかなどをみることによって、人柄や生き方の姿勢が感じられるように思います。
  • 自分の利益のために人を利用する生き方をしてきた人
  • 多くの人が関わってつくりだした成果を自分だけの成果のように語る人
  • 政治に関する「カネ」の問題に怪しさを感じる人
  • 権力にものを言わせて横車を押してくる人
私が政治家として好まない人は、たとえば、こんな人です(これは政治の世界だけでないですね)。

それぞれの人にはそれぞれの背景があり、その人にとってはそうせざるを得なかった事情があるとは思います。人間ですから、自分を重要と思いたいし、良く見せたいと思う気持ちもあるでしょう。

ただし、政治家は、その地域の人の暮らしに密接する様々なことを「決定する」権限をもちます。

言葉や公約、その人がたとえば選挙公報等に載せる政策は本当のものかどうか判断できません。しかし、それを発しているのは「人」ですから、結局のところ、人柄や生き方が良いと感じられる人に期待するという結論になるのです。

ぱっと見で感じられる人柄や印象は間違っている場合もあります(印象は演出できます)が、その人が具体的に何をやってきたのか、その人自身の自己主張でなく、仲間でない第三者の評価であったり、実際にあった出来事を時間軸の中でみていくことで、本当の姿が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

今日はこの辺りにしておいて、また明日続きを書きます。今日は具体的なことをあまり書けなくてすみません。