今回も個人的な話、先週の旅の報告です。
3月2日に三重県東員町で行われた講演の後、皆と別れて私は単独で伊勢に向かいました。桑名駅から近鉄特急で1時間強で伊勢市駅到着です。
伊勢は、私の母方のご先祖様が住んでいたところです。私の母の父方・中井家は伊勢で商売を営む家系、母の母方・北川家は江戸時代は代々続く庄屋であり、私の曾祖父の時に医者となりました。私が尊敬する曾祖父・北川惣太郎は、家を継ぐ前に尋常小学校の校長を務めていましたが、地元に医師が不足している現状を憂い上京、医者となって地元に戻ってきた人です。そのため、結婚し家長となったのも40代だったそうで、当時としては極めて晩婚でした。
私の祖父・中井喜一は中井家の長男、私の祖母・北川松子は北川家の4女でした。近所に住んでいた二人は幼い頃から知っていたそうですが、中井喜一が明治大学を卒業して地元に戻ってきた後に、二人は恋仲となり結婚しました。私はその祖父・祖母にとって初孫ということもあり、特にかわいがられた記憶があります。
その後、伊勢には祖父の弟、祖母の弟(長男)が残り、その家系は今でも伊勢に住んでおります。
さて、私が伊勢に到着した3月2日の晩は、予約していた伊勢市河崎町にある創業98年になる旅館・星出館に宿泊しました。この星出館は、旅館としての創業は昭和元年だそうですが、建物の中で一番古い部分は大正時代の築ということで、大正生まれの私の祖父も祖母もきっとこの前を通ったことがあるに違いないと感じながら宿泊しました。
考えてみれば幼い頃から何度も足を運んではいましたが、これまでは家族が一緒で、私が独りで伊勢にくるのは初めてでした。夜空を見上げると綺麗な星々が光る中、不思議に懐かしい気持ちとご先祖様に繋がっているという温かい気持ちがこみ上げてきました。

星出館さん(伊勢市河崎町2-15-2)

ホームページ http://www.hoshidekan.jp/index_j.htm

2階に渡り廊下もあります。

2階から眺める箱庭も風情があります。ここには水琴窟もあるんです!

私が泊まった桜の間には、こんな飾り窓がついていました。
朝はこの窓からの光で目が覚めました。
この日、星出館さんに宿泊申込みをしていたのは、私だけでした。スタッフの方々が研修ということで他方に行かれ、お一人だけ夜に到着する私を待っていてくださいました。今から思うに、私のためだけに空けてくださったような気がします。そのスタッフの方と言葉を交わしたのは到着しての数分でしたが、その応対の中から温かい想いが伝わってきて、ここに宿泊を決めて良かったと思いました。
さて、翌3月3日の朝となりました。朝、旅館を出る前に、この旅館のオーナーさんらしき奥様、お祖母様とお会いして、また少しばかし、会話しました。私も、昨晩からの感激、それはご先祖様が住んでいた伊勢で夜を過ごしたことやこの旅館に泊まれたことなどからくる感慨が思わず口から出たものでしたが、立て続けに話してしまいました。奥様、お祖母様からも、温かい言葉を頂戴し、次もまたここに泊まりたいと思いました。
星出館は、伊勢市河崎町にあります。ここには、伊勢市の中で唯一、昔ながらの商人町の面影が残されています。その日の私も目的のひとつは、このまちなみの見学でした。
大戦時、伊勢も空襲にあいましたが、幸いなことにここは残り、昔から続く街並みが、「観賞用」ではなく、今なお使われながら現代に続いております。道幅は昔の道にしては少し広めですが、それは大八車を引いて荷を運ぶためだったからだそうです。町の横には勢田川が流れ、かつてはその川をつかって、伊勢内外との商いを行っていたとのこと。きっと私のご先祖様も使っていたに違いないと思いました。

今でも豆腐屋さんとして営業されています


喫茶店となっています。







いくつかの建物にはこのような説明がついておりました。

歩いていると、神社を発見! 地元の氏神様をお祀りしたものに違いないと思いました。私は初めての土地にはいった時に、できるだけその場所の氏神様にご挨拶することにしています。

伊勢ということもあるのでしょうが、清浄な場所で、荘厳なエネルギーが伝わっていました。



今でも営業されている青果店です。地元の方が買いにこられていて、なんだか子どもの頃に見たような懐かしい光景でした。


歩いていると、勢田川を渡る橋がありました。そちらの方へ歩いていきました。

かつてはこの川に荷を載せた船が行き交っていました。


川のほとりに「川の駅 河崎」と書かれた建物がありました。

勢田川の方からみた「川の駅河崎」です。




伊勢市民が参加して策定された「伊勢市都市マスタープラン」によって勢田川の価値が認識され、勢田川歴史交流軸として整備する方向が示されたのがきっかけだったそうです。
現在、この河崎地区はNPOによって整備運営が図られています。私はこの後、この河崎地区のまちづくりの拠点でもある「伊勢河崎商人館」さんにお邪魔して、いろいろお話しを伺いました。
川のあるまちとしては(規模や歴史は違いますが)、私たちの戸田市のまちづくりを考えるヒントが得られればという目的もありましたが、参考となるお話しをたくさん伺うことができました。
続きは明日以降にアップする後編でお話しいたします。
3月2日に三重県東員町で行われた講演の後、皆と別れて私は単独で伊勢に向かいました。桑名駅から近鉄特急で1時間強で伊勢市駅到着です。
伊勢は、私の母方のご先祖様が住んでいたところです。私の母の父方・中井家は伊勢で商売を営む家系、母の母方・北川家は江戸時代は代々続く庄屋であり、私の曾祖父の時に医者となりました。私が尊敬する曾祖父・北川惣太郎は、家を継ぐ前に尋常小学校の校長を務めていましたが、地元に医師が不足している現状を憂い上京、医者となって地元に戻ってきた人です。そのため、結婚し家長となったのも40代だったそうで、当時としては極めて晩婚でした。
私の祖父・中井喜一は中井家の長男、私の祖母・北川松子は北川家の4女でした。近所に住んでいた二人は幼い頃から知っていたそうですが、中井喜一が明治大学を卒業して地元に戻ってきた後に、二人は恋仲となり結婚しました。私はその祖父・祖母にとって初孫ということもあり、特にかわいがられた記憶があります。
その後、伊勢には祖父の弟、祖母の弟(長男)が残り、その家系は今でも伊勢に住んでおります。
さて、私が伊勢に到着した3月2日の晩は、予約していた伊勢市河崎町にある創業98年になる旅館・星出館に宿泊しました。この星出館は、旅館としての創業は昭和元年だそうですが、建物の中で一番古い部分は大正時代の築ということで、大正生まれの私の祖父も祖母もきっとこの前を通ったことがあるに違いないと感じながら宿泊しました。
考えてみれば幼い頃から何度も足を運んではいましたが、これまでは家族が一緒で、私が独りで伊勢にくるのは初めてでした。夜空を見上げると綺麗な星々が光る中、不思議に懐かしい気持ちとご先祖様に繋がっているという温かい気持ちがこみ上げてきました。

星出館さん(伊勢市河崎町2-15-2)

ホームページ http://www.hoshidekan.jp/index_j.htm

2階に渡り廊下もあります。

2階から眺める箱庭も風情があります。ここには水琴窟もあるんです!

私が泊まった桜の間には、こんな飾り窓がついていました。
朝はこの窓からの光で目が覚めました。
この日、星出館さんに宿泊申込みをしていたのは、私だけでした。スタッフの方々が研修ということで他方に行かれ、お一人だけ夜に到着する私を待っていてくださいました。今から思うに、私のためだけに空けてくださったような気がします。そのスタッフの方と言葉を交わしたのは到着しての数分でしたが、その応対の中から温かい想いが伝わってきて、ここに宿泊を決めて良かったと思いました。
さて、翌3月3日の朝となりました。朝、旅館を出る前に、この旅館のオーナーさんらしき奥様、お祖母様とお会いして、また少しばかし、会話しました。私も、昨晩からの感激、それはご先祖様が住んでいた伊勢で夜を過ごしたことやこの旅館に泊まれたことなどからくる感慨が思わず口から出たものでしたが、立て続けに話してしまいました。奥様、お祖母様からも、温かい言葉を頂戴し、次もまたここに泊まりたいと思いました。
星出館は、伊勢市河崎町にあります。ここには、伊勢市の中で唯一、昔ながらの商人町の面影が残されています。その日の私も目的のひとつは、このまちなみの見学でした。
大戦時、伊勢も空襲にあいましたが、幸いなことにここは残り、昔から続く街並みが、「観賞用」ではなく、今なお使われながら現代に続いております。道幅は昔の道にしては少し広めですが、それは大八車を引いて荷を運ぶためだったからだそうです。町の横には勢田川が流れ、かつてはその川をつかって、伊勢内外との商いを行っていたとのこと。きっと私のご先祖様も使っていたに違いないと思いました。

今でも豆腐屋さんとして営業されています


喫茶店となっています。







いくつかの建物にはこのような説明がついておりました。

歩いていると、神社を発見! 地元の氏神様をお祀りしたものに違いないと思いました。私は初めての土地にはいった時に、できるだけその場所の氏神様にご挨拶することにしています。

伊勢ということもあるのでしょうが、清浄な場所で、荘厳なエネルギーが伝わっていました。



今でも営業されている青果店です。地元の方が買いにこられていて、なんだか子どもの頃に見たような懐かしい光景でした。


歩いていると、勢田川を渡る橋がありました。そちらの方へ歩いていきました。

かつてはこの川に荷を載せた船が行き交っていました。


川のほとりに「川の駅 河崎」と書かれた建物がありました。

勢田川の方からみた「川の駅河崎」です。




伊勢市民が参加して策定された「伊勢市都市マスタープラン」によって勢田川の価値が認識され、勢田川歴史交流軸として整備する方向が示されたのがきっかけだったそうです。
現在、この河崎地区はNPOによって整備運営が図られています。私はこの後、この河崎地区のまちづくりの拠点でもある「伊勢河崎商人館」さんにお邪魔して、いろいろお話しを伺いました。
川のあるまちとしては(規模や歴史は違いますが)、私たちの戸田市のまちづくりを考えるヒントが得られればという目的もありましたが、参考となるお話しをたくさん伺うことができました。
続きは明日以降にアップする後編でお話しいたします。
コメント
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ずっと伊勢神宮と出雲大社に行かねばと思い続けてますので、今年あたりはどちらかに行けたらいいなと思っています。
伊勢神宮と出雲大社、私はどちらも行きましたが、どちらか選ぶとすれば、間違いなく伊勢神宮です。伊勢神宮は外宮(げく)さんと内宮(ないく)さんの2つあるので、まず外宮さんからお参りして、それから内宮さんに行ってくださいね。私が案内できたらいいですね。