毎年、何かしら明治から昭和にかけての昔のものを展示する企画展を開催する戸田市郷土博物館ですが、今年は「たんけん昔の暮らし」が開催されています。
私は、かつて就職で東京に出てきてから、清澄にある江東区深川江戸資料館、上野にある下町風俗資料館、蔵前の江戸東京博物館にしばしば足を運んでいますが、建物そのものが資料館・博物館の中に再現されているのがなんとも楽しいです。
今年に入ってからなかなか時間がとれなくて、今年はまだ戸田市郷土博物館に足を運んでいませんが、この企画展には行ってみたいと思っています。
私が生まれたのは昭和39年。子どもの頃の記憶は3歳くらいからあります。4本足の白黒テレビで朝かかっていたのは磯村さんがキャスターをされていたスタジオ102でした。テレビの上に小さなアンテナが置かれていましたし、その後、カラーテレビがうちにやってきた時には普段つかわない時はブラウン管の前に多いがかけられていました。
小学2年生の頃に行った国民宿舎日田彦山荘では、まだ手回し式の黒電話が使われていました。ダイヤルがついてなく、電話の横のつまみのようなものをくるくる回し、いったん受話器を置くと交換台からかかってきて通話ができるものでした。
昔のものに触れるとき、心がタイムスリップします。私にとっては居心地の良い時間になります。
戸田市郷土博物館、戸田市立図書館と併設されています。どうぞ、皆さまも足をお運びください。
私は、かつて就職で東京に出てきてから、清澄にある江東区深川江戸資料館、上野にある下町風俗資料館、蔵前の江戸東京博物館にしばしば足を運んでいますが、建物そのものが資料館・博物館の中に再現されているのがなんとも楽しいです。
今年に入ってからなかなか時間がとれなくて、今年はまだ戸田市郷土博物館に足を運んでいませんが、この企画展には行ってみたいと思っています。
私が生まれたのは昭和39年。子どもの頃の記憶は3歳くらいからあります。4本足の白黒テレビで朝かかっていたのは磯村さんがキャスターをされていたスタジオ102でした。テレビの上に小さなアンテナが置かれていましたし、その後、カラーテレビがうちにやってきた時には普段つかわない時はブラウン管の前に多いがかけられていました。
小学2年生の頃に行った国民宿舎日田彦山荘では、まだ手回し式の黒電話が使われていました。ダイヤルがついてなく、電話の横のつまみのようなものをくるくる回し、いったん受話器を置くと交換台からかかってきて通話ができるものでした。
昔のものに触れるとき、心がタイムスリップします。私にとっては居心地の良い時間になります。
戸田市郷土博物館、戸田市立図書館と併設されています。どうぞ、皆さまも足をお運びください。
コメント
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同様な体験をした世代が、昭和村などを訪れるのは、幸せの時間を共有化できるからなのですね。
私の両親既に他界していますが、昔の電話や白黒テレビをみるとタイムスリップして、貧しかった時代でも幸せだった頃を思い出します。