昨日の記事で、羽田空港国際ターミナルの開港について書いたばかりですが、次の文章は、私がある雑誌に寄稿したものを一部改編したものです。拙文ですが、ご笑覧いただければ幸いです。
羽田空港国際ターミナルの開港について、連日マスコミが大きく取り上げていますが、浮かれた口調のニュースを視ながら、私は「何をいまさら・・・」という気持ちにとらわれています。
こんなこと、もう20年以上も前に大前研一さんが提言されていたことではないですか。大前さんが「平成維新」を提唱される中で、様々な政策提言をされ、今になってその中のひとつが形になったわけですが、ここに至るまでに無駄に費やされた時間は取り戻すことができません。大前さんが提言された時は、まだアジアのハブ空港が決まっていなかったし、もしあの時点で、国が羽田空港の国際化・アジアのハブ空港化に舵を切っていれば、今の経済状況ではなかったかもしれません。
もちろん、今の時点で羽田空港の国際化はないよりもあったほうがよいと思っていますが、ある面、遅きに逸した政策で、これまでに失われてしまった機会と可能性に対して、誰も責任を取ろうともしません。次に繋がる「反省」がないから、きっとまた同じようなことは繰り返されるでしょう。結局、今後も国の軸を中央集権国家におく限り、これまで引きずってきた弊害は続き、活き活きとした日本に生まれ変わることはかなり難しいことになるように思います。
いま、当時、大前さんが書かれた「新大前研一リポート(83の政策提言)」を改めて読み直してみますと、涙が出てきます。あの時、私はまだ20代で、今よりももっと世間知らずでした。年齢と経験を重ねる中で、大前さんの慧眼の深さをさらに実感できるようになりました。
ところで、先日、尖閣諸島沖の日本領海で、不法侵入してきた中国漁船による海上保安庁巡視船への体当たり事件がおきました。そして、その後の日本政府の対応は「中国の圧力に屈した日本」という姿を感じさせるものでした。もちろん、いろんな事情はあって、もしかすると高度な政治判断だったのかもしれませんが、私は日本人の受けた衝撃と結果として沸騰した危機意識の高まりをみて、幕末の黒船騒動の衝撃もこうだったのかもしれないと思いました。中国はその後も理不尽とも思える圧力を示しており、それに対して我が国の政権は外に対して弱く、内に対しては強がるという、まるで江戸幕府のようなイメージです。
あの頃も、結果として「攘夷」でなく「開国」が正しかったのですが、沸騰した対外的な危機意識は「攘夷」という形をとって、その矛先は幕府に向けられていきました。その後、明治維新を築いた倒幕側の指導者達は、当初「攘夷」というエネルギーを利用しつつ勢力を築いていきました。対外的な事件から端を発した危機意識の高まりが国の形を変える力にまでなったわけですが、その後の流れを観て見ると、幕末から明治維新、そして日露戦争に至るまでは、指導者たる政治家がしっかりとした見識をもってことにあたっていたからこそ、欧米列強が世界を席巻する中で、日本という国を保てたのだと思います。さて、現在の日本はどうでしょうか。
私の中にも、尖閣諸島問題を契機として、沸き起こる感情があります。しかし、一方では、感情に流されては、日本の将来にとって必要な道を見失ってしまうという意識もあります。そんな中で、あえて大前さんの著書を読み返すと、この国はどういくべきなのか、その方向性が感じられるように思います。今、若い政治家の方が多くでてきています。また、国を意識する方が増えてきているように思います。そんな方々にこそ、大前さんの著作を繰り返し読んでもらいたいと願います。誰かのせいにするリーダーは必要ありません。
見識をもち、自ら責任を負う姿を示しながらことにあたる人こそ、今の日本に求められているリーダーではないでしょうか。
羽田空港国際ターミナルの開港について、連日マスコミが大きく取り上げていますが、浮かれた口調のニュースを視ながら、私は「何をいまさら・・・」という気持ちにとらわれています。
こんなこと、もう20年以上も前に大前研一さんが提言されていたことではないですか。大前さんが「平成維新」を提唱される中で、様々な政策提言をされ、今になってその中のひとつが形になったわけですが、ここに至るまでに無駄に費やされた時間は取り戻すことができません。大前さんが提言された時は、まだアジアのハブ空港が決まっていなかったし、もしあの時点で、国が羽田空港の国際化・アジアのハブ空港化に舵を切っていれば、今の経済状況ではなかったかもしれません。
もちろん、今の時点で羽田空港の国際化はないよりもあったほうがよいと思っていますが、ある面、遅きに逸した政策で、これまでに失われてしまった機会と可能性に対して、誰も責任を取ろうともしません。次に繋がる「反省」がないから、きっとまた同じようなことは繰り返されるでしょう。結局、今後も国の軸を中央集権国家におく限り、これまで引きずってきた弊害は続き、活き活きとした日本に生まれ変わることはかなり難しいことになるように思います。
いま、当時、大前さんが書かれた「新大前研一リポート(83の政策提言)」を改めて読み直してみますと、涙が出てきます。あの時、私はまだ20代で、今よりももっと世間知らずでした。年齢と経験を重ねる中で、大前さんの慧眼の深さをさらに実感できるようになりました。
ところで、先日、尖閣諸島沖の日本領海で、不法侵入してきた中国漁船による海上保安庁巡視船への体当たり事件がおきました。そして、その後の日本政府の対応は「中国の圧力に屈した日本」という姿を感じさせるものでした。もちろん、いろんな事情はあって、もしかすると高度な政治判断だったのかもしれませんが、私は日本人の受けた衝撃と結果として沸騰した危機意識の高まりをみて、幕末の黒船騒動の衝撃もこうだったのかもしれないと思いました。中国はその後も理不尽とも思える圧力を示しており、それに対して我が国の政権は外に対して弱く、内に対しては強がるという、まるで江戸幕府のようなイメージです。
あの頃も、結果として「攘夷」でなく「開国」が正しかったのですが、沸騰した対外的な危機意識は「攘夷」という形をとって、その矛先は幕府に向けられていきました。その後、明治維新を築いた倒幕側の指導者達は、当初「攘夷」というエネルギーを利用しつつ勢力を築いていきました。対外的な事件から端を発した危機意識の高まりが国の形を変える力にまでなったわけですが、その後の流れを観て見ると、幕末から明治維新、そして日露戦争に至るまでは、指導者たる政治家がしっかりとした見識をもってことにあたっていたからこそ、欧米列強が世界を席巻する中で、日本という国を保てたのだと思います。さて、現在の日本はどうでしょうか。
私の中にも、尖閣諸島問題を契機として、沸き起こる感情があります。しかし、一方では、感情に流されては、日本の将来にとって必要な道を見失ってしまうという意識もあります。そんな中で、あえて大前さんの著書を読み返すと、この国はどういくべきなのか、その方向性が感じられるように思います。今、若い政治家の方が多くでてきています。また、国を意識する方が増えてきているように思います。そんな方々にこそ、大前さんの著作を繰り返し読んでもらいたいと願います。誰かのせいにするリーダーは必要ありません。
見識をもち、自ら責任を負う姿を示しながらことにあたる人こそ、今の日本に求められているリーダーではないでしょうか。
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