私事で恐縮ですが、私もスタッフのひとり(顧問)として参加するこんな活動が、読売新聞群馬版(及び読売新聞ウェブ)に記事掲載されました。

群馬県渋川市上三原田(かみみはらだ)地区(旧赤城村)にある上三原田の歌舞伎舞台では今年も11月に農村歌舞伎が予定されており、もちろん私も裏方のお手伝いに参ります。江戸時代に上方帰りの地元の大工・永井長治郎により建てられたこの舞台は年に1度しか公演が開催されない貴重な建築物であり、国の有形民俗文化財に指定されています。

この舞台で裏方として動くのは、地元・上三原田地区の方々で構成される「上三原田の歌舞伎舞台操作伝承委員会」の方々です。しかしながら彼らは今まで一度もこの舞台で上演される歌舞伎を見たことがありません。それは、舞台公演の際は天井裏や奈落に籠もり、舞台の裏方操作に従事するからです。

私は、私が理事の一人を任じるNPO法人政策学校一新塾で、地方歌舞伎をテーマとした都市農村交流を進めようとするプロジェクトチームと関わることになり、昨年初めてそのチームメンバーたちとともに上三原田に行きました。そして、お手伝いに参加し、貴重な舞台裏を経験させていただきました。

その後、昨年12月には、戸田市立芦原小学校で、校長先生のご理解のもと、この地方歌舞伎をテーマとした都市農村交流を進めるチームを率いる映画監督・野田香里さんの授業が開催されました。ですから、戸田市とのご縁もほんの少しあります。

華やかにみえるどんな場面にも、必ず人知れず汗を流す裏方がいます。私もいろんなところで裏方経験をさせていただいておりますが、流した汗の分だけ、人としての学びを頂いている感じがいたします。舞台が輝いてほしい、そしてそのことでお客様に喜んでもらいたい。その気持ちが結局は自分の喜びにつながっていく。こんなことは舞台だけでなく、社会のいろんなところに見受けられます。


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読売新聞WEB 2010年9月7日 群馬欄

歌舞伎軸に都市・農村交流、渋川・上三原田地区

渋川市の赤城山麓(ろく)、上三原田地区に伝わる歌舞伎舞台に魅せられた東京都の映画監督・野田香里さんが、集落の高齢化で継承が懸念される舞台 操作を映像に残そうと、昨年から地区との交流を続けている。今年は、11月の舞台を前に、準備を手伝うスタッフを都内を中心に募集。「歌舞伎という文化を軸にした都市と農村の交流」を橋渡ししようと、準備を進めている。

野田さんが上三原田地区を訪れたのは、みなかみ町の歌舞伎を撮影したドキュメンタリー映画を2008年に発表したのがきっかけだ。作品を見た関係者から「群馬なら、上三原田も撮るべきだ」と勧められた。

「かやぶきの屋根が、かわいらしい」。昨年5月に初めて訪れた上三原田で目にした舞台の第一印象だ。国内最古の回り舞台として知られ、文政2年 (1819年)に地元の大工が製作したとされ、セリ(小舞台)を上下させる「二重セリ」などの特徴から、国の重要有形民俗文化財となっている。集落の住人だけで舞台を操作するのが習わしだ。

以来、上三原田を理解しようと、地元のバス旅行に参加したり、スタッフ数人とともに舞台を見学したりして交流を温めてきた。

撮影しながら“手伝う”と言っても、都会からぽっと訪れた人間にできることはわずか。昨年の上演前日の11月21日。素人でも出来ることをしようと、目を着けたのが、セリに積もるようにこびり付いていたハトのフンだ。野田さんはスタッフと5人がかりで2時間も畳をこすり続け、きれいに仕上げた。

無駄にはならなかった。本番当日、そのセリに乗ることを許されたのだ。「女で裏方を一緒にやったなんて、あんたが初めてだ」。最初に訪れてから半年を経て、上三原田に受け入れられた瞬間だった。

舞台操作伝承委員長の須藤明義さん(71)は「野田さんだからこそ認めた。関心をもって映像に残してくれるのならうれしい」と話す。

上三原田の集落は約180世帯。舞台操作には80人の手を要し、野田さんは昨年、「あと20人いたら助かる」と言われた。今年11月の上演を一緒 に手伝う仲間を募るため、上三原田で撮影した映像を8月に東京・原宿で上映。満席を超える約40人が集まり、10人程が参加を希望している。

野田さんは「店先で突然、お茶や漬物を頂いたり。ささいな出来事にも、都会と違うことがたくさんある」と話す。古き伝統歌舞伎と、新たな人の交わり。野田さんの脳裏には、早くもそんな映像が流れている。

2010年9月7日  読売新聞)


昨年撮影した映像の一部です。