民俗学者であり、国立民族学博物館(大阪)の初代館長であった梅棹忠夫さんが7月3日に逝去されました。

私は学生時代に、梅棹氏が著された「知的生産の技術」、そして「情報論ノート」を読み、恐らくそれがきっかけとなって、私の頭の中に「知的生産」「情報論」といったものが重要なキーワードとして刻まれたような気がします。そして、結果的にそれらが私が人生を生きていく上での武器となっています。

また、当時、私は関西大学大学院に通っていましたが、阪急千里線の関大前駅から数駅先で下車してバスに乗るとすぐに行ける大阪万博跡地につくられた「国立民族学博物館」に何度も足を運びました(実はデートコースでもありました)。いろいろな企画展が定期的に開催されていて、フランスの建築家であるル・コルビジェ氏をテーマにしたまちづくり企画展などは今でも強く記憶に残っています。

振り返ってみれば、国立民族学博物館で見聞き感動したことが、私のまちづくりの発想のベースにあるような気がします。

国立民族学博物館  http://www.minpaku.ac.jp/

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梅棹忠夫さんは、お会いしたことはなかったのですが、間違いなく私の人生に大きく影響を与えて下さった方のおひとりでした。梅棹さんの訃報に接し、哀悼の意を表するとともに感謝の気持ちを捧げます。