現在、戸田市では戸田市議会定例会6月議会が開会中です。今週の火曜日から今日まで一般質問、明日からは常任委員会、来週月曜日から特別委員会が開催され、来週金曜日に閉会の予定です。

私はインターネット経由で一般質問の様子を一部見ておりましたが、やはり映像とはこわいもので、後で議事録を読む以上に、一般質問を行う市議会議員の方々の表情や雰囲気(もちろん内容も含めてですが)から、その方の資質が感じ取れるようでした。中には私がこれまでにブログで取り上げたことをテーマにされている方もおられ(アクセスログからは一般質問前にどうもこちらの記事を参考にされていたようにも思われるのですが)、そのテーマでやるのであればもう少し深く掘り下げたら面白くなるのにな、惜しいなぁ等と思いました。

さてさて、国政に目を転じると、今年中には必ずある衆議院選挙を前にいろいろと動きがあり、ついマスコミ報道に流されていると、何が本質で重要なことなのか、情報やトピックスが多いばかりについわからなくなってしまいがちです。

次の文章は私が参加している「いしん埼玉市民の会(政治的に中立な立場で知事や市長等の自治体首長や国政・地方議員との対話集会や公開討論会を進める、埼玉県で活動する市民活動団体です)」4月号会報に投稿したものです。

書いたのは3月末なのですが、まだ古くなっていない内容だと思いますので、こちらに掲載します。

ご笑覧いただければ幸いです。

国民よ、当事者意識をもとう!

 「仕事ができるということと、選挙に強いということは別物である」とは政治の世界でよく言われることです。いかに高邁な精神や優れた能力を持っていても、選挙で当選しなければ議員としての志を遂げる道はなくなります。だからこそ、多くの政治家は政治の実務に従事しつつ同時に得票につながる活動を強く意識せざるを得ません。

 一方、有権者の投票意思には「政治との関わり意識の強弱」が大きく影響しているように思えます。政治をわが事のように感じ、議員を民意の代弁者と考える度合いが強いほど、候補者の人柄・信条や政策を重視し投票しますが、政治の世界と自分の関係性意識が希薄になるほど、政治に対する観客意識が強くなり、選挙間近の雰囲気から喚起される感情や「あったことがある」「何度か訪ねて来てくれた」等の人情で投票先を決めたり、「自分には関係ない」「何も変わらない」と言って投票に行かなかったりする傾向が見られます。

 特に、情報過多と言われるこの時代、政治に関するトピックスも新しいものが次々に報道されるため、有権者は全体を把握することやひとつのテーマを意識し続けることがなかなか難しくなっています。また「麻生と小沢のどちらが次期首相にふさわしいか」「麻生内閣の支持率低下(または上昇)」等の単純化されたフレーズがマスコミから提示される中、人は事の本質にまで掘り下げて考えるよりは「好き・嫌い」「頼もしい・たよりない」等といった感情が刺激され、政治に対してますます観客的・評論家的になるので、関心は当事者意識の薄い政治よりも家族や友人・趣味など関係性を身近に実感できるものに向きがちになります。

 しかし、古代ローマ帝国の滅亡をはじめ多くの史実が教えるように、政治に対して観客的になった民の国は滅びます。その反面、フランス革命時のフランスや明治維新を実現した日本など、国を取り巻く危機を前に政治における民の当事者意識が強まった国は力を取り戻すのも歴史が教えてくれるところです。

 政治家が得票のためにイメージやワンフレーズスタイルを重視するのはやむを得ないところもありますが、それは長い目で見ると国民の観客化を助長する滅びの道です。基本的に人は周囲の世界とつながりたいと思う存在であり、身近なコミュニティとの関係づくり、議会基本条例制定による地方議会への参加や、たとえば道州制導入で政治をより身近に考えられる存在にする等、国民が政治において当事者意識を持ちやすくなる環境整備がこの国の未来を見据えた政治家および国民の重要課題でしょう。まずは、当事者意識が私たちの中に強くあるかどうか、今一度自分に問うてみませんか。