このところ、日曜日ごとに「トコとこバス停リポート」の新作をアップされ、それをこのブログでも紹介させていただいている戸田市議会議員のさいとう直子さんですが、23日の月曜日から朝の通勤時間帯に駅立ちされ、戸田市議会定例会6月議会での内容を中心とした市政報告を配られていました。

(「続きを読む」をクリックください)

(「続きを読む」をクリックください)
私はこれまでに何回か斎藤直子さんの駅立ちをこのブログで紹介していますが、それは毎回議会後に欠かすこと無く駅立ちして、通勤される方々に、自作の市政報告を手渡し続ける斎藤さんの姿に感じ入るところが大きいからです。
私もこのブログを毎日欠かさず続けてきて3年が過ぎ(今までの投稿数はこの投稿を入れると1981です)、続けることの意義と難しさを感じております。さ いとう直子さんは、7年前に戸田市議に当選された時から「市民の方に議会のことを伝えるのが市議会議員の役目のひとつ」と言って、毎回立ち続けてこられま した。信じられないことなのですが、それまで斎藤さんのように議会後に必ず駅立ちして、自分の目で観て感じて考えて編集した市政リポートを渡す市議会議員 さんはいなかったのです。今では斎藤さんの姿に刺激されたのか、何人かの市議さんが駅立ちして市政報告を配られていますが、数年前はありえなかった光景で した。続けるということはやはり何かを変えることに繋がるのだと実感します。
しかも、斎藤さんは写真のように、いつも階段の下で渡されています。これは今でも他の議員さんと違うところです。効率から言うと両方の階段をあがりきった 場所でやればよいのですが、通勤される方を見下ろす位置にいたくないからということらしいです。名前を書いた看板やのぼりも当然ありません。マイクでしゃ べるわけでもありません。ただ、ひたすら「おはようございます」「いってらっしゃいませ」と声をかけながら、手を伸ばす方だけに市政リポートを手渡しされ ています。それはやはり自己PRが駅立ちの目的ではないからでしょう。そこも他の議員さんと基本的に違うところのように私は感じます。
一度、私は僭越ながら斎藤さんに「音楽祭や戸田市文化会館での映画試写会誘致を始め、斎藤さんが奮闘して実現化したことがたくさんあるのに、他の議員さん のようにどうしてそれを言わないのですか。もっとアピールされたらいいのに」と意見したことがありました。すると、斎藤さんは「どんなことも一人の力だけ で実現することはなく、実現には多くの方の力が関わっているのだから『自分がやりました』と宣伝するつもりは少しもありません」というようなことを答えられました。その 時、私はそんなことを言葉にしてしまった自分の人間としての小ささが恥ずかしくなりました。
また、政治の世界では一般的に誰かが目立つ可能性があると市民にとって必要な提案でもその議員に「手柄」をたてさせないように提案実現を阻害する動きがみ られますが、斎藤さんに市議会ではそんな風潮はないのですかと質問したこともあります。斎藤さんはその問いには直接答えられずに「結果的に市民の方にとっ て必要なことが実現することが大切だと思っていて、動いた自分の名前が出る出ないはどうでもよいのです」というようなことを言われました。よく格好をつけてそん なことを言う人はいますが、斎藤さんの場合は、実際これまでにやられてきたことをみると、たしかにポーズではなく、本心です。私だったら、自分が中心になって動いた 物事が実現した際に自分の存在感をまったく示せないことに耐えていられるかな?と思い、その時にも自分の小ささを感じ、これではいけない!もっと人として の度量をひろくなるよう自分を鍛えねばと反省しました。
月曜日は、次の移動まで15分ほど時間があったので、斎藤さんの駅立ちの様子を遠目に観察していました。暑い陽射しに照りつけられる中、多くの方に無視さ れながらも、声をかけながら駅立ちし続ける姿がありました。私はその後仕事先に向かったのですが、頑張らなくっちゃ!という気持ちが沸々と沸いてきまし た。
斎藤直子さんは、いつもと同じなら、今週から来週にかけて戸田公園駅と戸田駅で朝の通勤時間帯の2時間半くらい駅立ちされるはずです。もし、斎藤さんの姿 があったら、思い切って声をかけてみてください。皆さんのなかにも元気がわき起こってくるのではないかと思います。私は元気をもらい、感じることがあった のでこのようにブログ記事に何度かとりあげていますが、皆さん御自身の感性でどうぞさいとう直子さんがどんな人なのかご判断ください。
私もこのブログを毎日欠かさず続けてきて3年が過ぎ(今までの投稿数はこの投稿を入れると1981です)、続けることの意義と難しさを感じております。さ いとう直子さんは、7年前に戸田市議に当選された時から「市民の方に議会のことを伝えるのが市議会議員の役目のひとつ」と言って、毎回立ち続けてこられま した。信じられないことなのですが、それまで斎藤さんのように議会後に必ず駅立ちして、自分の目で観て感じて考えて編集した市政リポートを渡す市議会議員 さんはいなかったのです。今では斎藤さんの姿に刺激されたのか、何人かの市議さんが駅立ちして市政報告を配られていますが、数年前はありえなかった光景で した。続けるということはやはり何かを変えることに繋がるのだと実感します。
しかも、斎藤さんは写真のように、いつも階段の下で渡されています。これは今でも他の議員さんと違うところです。効率から言うと両方の階段をあがりきった 場所でやればよいのですが、通勤される方を見下ろす位置にいたくないからということらしいです。名前を書いた看板やのぼりも当然ありません。マイクでしゃ べるわけでもありません。ただ、ひたすら「おはようございます」「いってらっしゃいませ」と声をかけながら、手を伸ばす方だけに市政リポートを手渡しされ ています。それはやはり自己PRが駅立ちの目的ではないからでしょう。そこも他の議員さんと基本的に違うところのように私は感じます。
一度、私は僭越ながら斎藤さんに「音楽祭や戸田市文化会館での映画試写会誘致を始め、斎藤さんが奮闘して実現化したことがたくさんあるのに、他の議員さん のようにどうしてそれを言わないのですか。もっとアピールされたらいいのに」と意見したことがありました。すると、斎藤さんは「どんなことも一人の力だけ で実現することはなく、実現には多くの方の力が関わっているのだから『自分がやりました』と宣伝するつもりは少しもありません」というようなことを答えられました。その 時、私はそんなことを言葉にしてしまった自分の人間としての小ささが恥ずかしくなりました。
また、政治の世界では一般的に誰かが目立つ可能性があると市民にとって必要な提案でもその議員に「手柄」をたてさせないように提案実現を阻害する動きがみ られますが、斎藤さんに市議会ではそんな風潮はないのですかと質問したこともあります。斎藤さんはその問いには直接答えられずに「結果的に市民の方にとっ て必要なことが実現することが大切だと思っていて、動いた自分の名前が出る出ないはどうでもよいのです」というようなことを言われました。よく格好をつけてそん なことを言う人はいますが、斎藤さんの場合は、実際これまでにやられてきたことをみると、たしかにポーズではなく、本心です。私だったら、自分が中心になって動いた 物事が実現した際に自分の存在感をまったく示せないことに耐えていられるかな?と思い、その時にも自分の小ささを感じ、これではいけない!もっと人として の度量をひろくなるよう自分を鍛えねばと反省しました。
月曜日は、次の移動まで15分ほど時間があったので、斎藤さんの駅立ちの様子を遠目に観察していました。暑い陽射しに照りつけられる中、多くの方に無視さ れながらも、声をかけながら駅立ちし続ける姿がありました。私はその後仕事先に向かったのですが、頑張らなくっちゃ!という気持ちが沸々と沸いてきまし た。
斎藤直子さんは、いつもと同じなら、今週から来週にかけて戸田公園駅と戸田駅で朝の通勤時間帯の2時間半くらい駅立ちされるはずです。もし、斎藤さんの姿 があったら、思い切って声をかけてみてください。皆さんのなかにも元気がわき起こってくるのではないかと思います。私は元気をもらい、感じることがあった のでこのようにブログ記事に何度かとりあげていますが、皆さん御自身の感性でどうぞさいとう直子さんがどんな人なのかご判断ください。
コメント
コメント一覧
ふるさと祭り終了後の、外の屋台の、辺り一面に投げ捨てられたゴミ、鼻をつまみたくなるようなゴミ集めも、毎年ボランティアで参加してくださっています。こんな議員さんは見た事がないです。
ふるさと祭りのゴミボランティアのお話、なるほど、斎藤さんならそうでしょうね。
私の周りにはかつて「政治家になりたい!」そのことを目的とする人がたくさんいました。人の上に立ちたいとか、市議から県議、そして、首長や国会議員になることが出世だと考える、要するに自分の欲のために政治家になりたがる人たちがいて、それで私は当時政治に関係する仕事をしていたのに、政治家なる存在が嫌いになりました。
その考えがかわったのは、斎藤さんの姿をみ、話を伺うようになってからです。そして、斎藤さんに刺激されたこともあって、私自身、戸田市に関心を持ち、市の動きに市民ボランティアとして参加するようになりました(上戸田商店会の方々と知り合い、受け入れていただいたということも理由のひとつですが)。
人は人によって変わる、人が変われば地域も変わる。そう実感します。