今日の戸田市はまだ肌寒く、風邪の調子もいまひとつである。写真は先日埼京線車内で撮影した車内吊り広告であるが、そういえば時刻表を買う機会もめっきり減ってしまったと思った。
子どもの頃は毎月とはいかないが、季節毎に新しい時刻表がうちにはあった。当時は日本交通公社製と鉄道弘済会製の2種類あり、駅には日本交通公社製のがおいてあったが、国鉄の民営化に伴い鉄道弘済会製の時刻表がJR時刻表となり、駅置きの時刻表がそれに変わった。ただし、私が今でも時々買うのは日本交通公社製の時刻表である。
時刻表にはその季節ごとの臨時列車や沿線風景写真が紹介されていたり、欄外に駅弁が紹介されていて、それらをみるだけでも知らない場所への想いが膨らんだ。私鉄の時刻表も掲載されていて、地方には様々な鉄道があるんだなぁとわくわくしていた。夏休みの前には時刻表をみながら旅のプランをたてて、父親に交渉したこともある。
今はどうだ。
鉄道の時刻調べはインターネットの乗り換え案内に頼っている。確かに瞬時に最適経路を示してくれるので便利ではある。
しかし、余計な情報はそこにはなく、想像の幅が広がらない。ワクワクする気持ちもそこにはない。
これは時刻表だけにとどまらず、便利さを感じるのと引き替えに、想像力やワクワクする気持ちを無くしていることが生活の中で案外あるのではないかと思った。
時刻表の広告をみて、そんなことを考えた。
また、行ったことのない場所に出かける旅に出たくなった。
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途中に
今はどうだ。
という文に出会い、ドキっとしましたが確かに時刻表での検索はインターネットでのそれよりも手間がかかり不便だと思います。また、ぼくはポケットサイズの時刻表を一度だけ買ったことがありますが、すぐには使いこなせませんでした。でも友人が使い方を教えてくれたのでとりあえずは自分の乗っている電車の発射時間と到着時間を知ることができました。また、車掌さんのアナウンスと時刻表の時刻が一致しているなあと思うこともあり、うれしくなったこともありました。
ま、不便なものにも代えがたい価値があるのだと思います。