熱帯魚親と話をしていて「デザイナーは発想を生み出すためにしばし熱帯魚をみる」という話を聴いた。熱帯魚のもつ色の組み合わせに意識を向けることが、既存の「常識」から思考を離れさせ、結果、新しい眼で自分の知識や経験を見直して新しい発想を生み出すことに繋がるそうだ。

そうかもしれないと思った。

人には「慣れ」が必ずある。慣れてくると普段身の周りにあるものが当たり前になり、その価値に「気づく」能力が麻痺してくる。だから、あえて刺激を与えてくれるものにしばし思考を泳がせて、その後、新しい眼でもう一度見直してみることが必要になるのだろう。

そして「自然」がしばしばその「刺激」になりうる。熱帯魚の色も作為的なものでなく、自然の組み合わせである。何かしらそんな色になる必然性はあったのだろうが、その自然の叡智は人間の常識を超えている。こう考えると、人間の知恵を超えたものに少しの間触れることでリフレッシュされた感性を取り戻すことができるような気がする。

もちろん、人間の知恵を超えたものは自然界のものだけに限らない。人とのご縁もそうである。偶然の出会い、しかし、そのご縁によって新しい展開が生まれたという経験がしばしばある。

まず、求める気持ちをもとう。そして、それがどうもうまく進まなくなったら、自然に触れるか、人との出会いやコミュニケーションをとる機会を創り出そう。そうすれば、求める気持ちに沿って、新たな展開が生まれるかもしれない。

今日はいろんなことがあった。その中で、また、人とのご縁のありがたさを感じた。新しい何かを生み出す予感。そしてそれは喜びを膨らませる。人との出会いに感謝、である。