私にとって忘れ難い日が今年もやってきた。11月22日。母の命日である。享年47歳だった。
私の人生において、母の病気が手遅れとわかってからの6ヶ月が今でも心に一番強く残っている。今の私の基本的な部分もその時の経験に端を発しているものが多い。
予備校に通っていたことから、家族の中で一番自由に動けたこともあり、毎日毎日病院に通っていた。少しでも病院で過ごす時間をつくるために勉強のやり方を工夫して効率的で頭に入りやすいやり方を自分で考えだした。
病院での看病の日々に感じた様々な矛盾が、母の没後に社会心理学の道に進むきっかけともなっている。
なにより大きいのは「世のため・人の幸せのために」という志が生まれたことだろう。
母が逝った高台の病院の病室で、夕暮れの窓から遠く見おろした先を走る京阪電車を眺めながら、弟と手を握り合いながら、二人とも志を持ってしっかり生きていくことを誓いあった。それが母の生きた証につながるのだと。
前にも書いた記憶があるが、これが私の原点である。つらいこと、悲しいこと、くじけそうなことがあった時はいつもこの原点・志を振り返る。
まだまだ志は道中端。しかし、道からは外れてはいない自負はある。
今年もまたこの日がやってきた。
生の充実、明日への希望を感じながら迎えることができてありがたい。
仕事を通じて皆の笑顔や希望を感じることができてありがたい。
よき人間関係に恵まれていてありがたい。
父と義母、弟が元気でいてくれてありがたい。
私のブログを読んでくださる方々がいらっしゃる。皆さんと繋がりを感じることができてありがたい。
コメント
コメント一覧
私も父を亡くしてはや24年…不思議な事に年々父に対する恋しい気持ちが大きくなります。
忘れない事、思い出す事、これが今の私が父に対してできる事だと思っています。
私は案内が楽しくて舞い上がってしまいました。
本当はあまり出来のよくない金時草畑を見ていただくのは恥ずかしかったのですがあの場所の気持ちが良いことは実感していただけたと思います。
今日はお母様の命日だったのですね。
私は今日自分の息子にリフレッシュしてよっていう感じで先生を案内していました。
畑での太陽が紅葉を照らしている光景はなんだか特別でした。
あの後中井さんと話していて今後の方向が見えてきました。記念すべき日です。
肉体の死と存在の死。
「存在」が、語り継がれる間はその人は死なない。
「その人の存在」は、笑顔など「与えたもの」に残る。
お母様はきっとたくさんのものを残されて逝かれたのでしょうね。
コメントありがとうございます。
母は私と弟の中で確かに生き続けています。
そして、私も、生きて続けています。
コメント寄せていただいてありがとうございます。