おはようございます。🥰🥰🥰

今日、12月3日(金曜日)の戸田市は晴れ時々曇り。日中は陽射しの暖かさを感じることができそうです。

■ おかげさまで本日誕生日を迎えることができました。相変わらず良いことも大変なことも次々に起こる毎日ですが、全ての経験は成長させてくれる糧。感謝しつつ精進いたします。

12月3日午前5時4分に生まれました。父は生まれてくる男の子には名前に「彦」をつけようと決めており、寒い冬の日だったこともあって、「冬彦」と命名くださいました。

わずかな温もりの中にもありがたさを感じる優しい人間になるようにという願いがこの名には込められています。

最初の人生転換期は高校時代でした。福岡県立修猷館高校。52万石の福岡・黒田藩の藩校からその歴史が始まった学校です。

古き時代から歌い継がれてきた校歌(館歌)には「みくにのために世のために 尽くす館友 いくそばく」「向上の道進みゆき 我らが使命を果たしてん」という一節がありまして、この館歌を繰り返し歌っているうちに「世のために」という言葉が自分の精神に深く刻み込まれたように思います。

その後、19歳の時、末期癌だった母の看病と死を通して、さらに「人が幸せを感じることができる環境づくり」に力を尽くしたい、それが使命だと思う気持ちが強くなりました。それが人生2番目の転換期でした。

大学・大学院では社会心理学を学び「死生観・死にゆく患者の心理について」の研究に携わり、その後、シンクタンクに就職、国や自治体のまちづくり計画づくりに携わりました。

それから、サラリーマンをしながらマッキンゼーのアジア太平洋地区会長を務めた大前研一氏が立ち上げられた政策提言型市民運動・平成維新の会に関わるようになり、仲間たちとともに大前氏に人材育成塾(現在の「NPO法人一新塾」)の企画提案をしたのをきっかけに会のスタッフに転職、その後、平成維新の会解散とともに、インターネットを活用したコミュニケーション事業の専門家の道に進み、数年後に独立しました。

石川県をはじめとして、多くの自治体や商工会、事業所の指導を行う仕事を通して、全国をまわりました。その仕事に就いていたときに、戸田市に越してきました。

そして、今は皆様のおかげをもちまして、市議会議員の職についております。

「人が幸せになる環境づくり」に力を尽くす。

これからもどうぞ気が付いたことを直言いただけますようお願いいたします。

添付の画像は石川県で指導仕事をしていた際に、事務局で働いていた女性からいただいた直筆のプレゼント。私の大切な宝物です。

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今日はこの投稿のあと、戸田駅で駅立ち挨拶いたします。その後は10時から戸田市議会です。

本日が皆様にとって素敵な金曜日になりますように。