本日の埼玉新聞に「戸田中央医科グループ創設者 中村隆俊の半生【第2話】」が掲載されました。

戸田市では今年度、中村会長から市にいただいたご寄付をもとに「未来へはばたく人財育成給付金制度」が生まれています。

許可をいただき、紹介させていただきます。

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埼玉新聞8月8日15面

朝雲を流れて金色に照り
戸田中央医科グループ創設者
中村隆俊の半生【第2話】

中村三兄弟荒波を超えた原点
父の前で三本杉岩の誓い

哲夫、隆俊、秀夫の中村三兄弟は、北海道瀬棚町の自然の中でのびのび育った。ある時、いつものように3人で兄弟喧嘩をしていたときのこと。突然、父末吉が「3人とも、ちょっと来い」と強い口調で言った。海辺までの道を、父親の後ろをついて行った。3人で、何だろうと顔見合わせながら、不思議な期待と不安な思いとが交錯しながらの道のりだった。

そこに海辺の風景が現れた。よく見ていた風景だったが、その日は、いつもと違う特別な風景に見えた。地元では「三本杉岩」といわれ、海の中に3本の巨岩がまるで杉の巨木のように突き出ている。その三本杉岩を指差しながら、末吉は「毛利元就の三本の矢」の逸話を子供たちに語らせたのだった。

隆俊が代表してこう話した。「毛利元就が病気の時に3人の息子を枕元に呼び寄せた。長男が毛利隆元、次男が吉川元春、三男が小早川隆景。元就は隆元に1本の矢を渡し、折ってみろと言う。すると簡単に折れてしまう。次に2本の矢を渡す。同じように折ってみろと言うと、ちょっと手間取るが、やはり折れてしまう。そして次に3本の矢を渡す。元春も隆景も試すが、しなるだけで折れない。それを見て、元就は、『1本の矢は簡単に折れるが3本の矢は束ねると誰にも折ることができない』と言い、3兄弟が力を合わせれば戦国の世を生き抜いていける、と息子たちに諭した」と。

これを受けて末吉は、海に浮かぶ三本杉岩を指差し、どんな荒波が打ち寄せてきても3つの岩が一緒なら崩れない、乗り越えられる、と諭した。さらに、これから何があっても3人が力を合わせて団結してやってゆきます、と誓えと3兄弟に迫った。

「私たちはどんな困難に出会おうとも3人協力して立ち向かっていきます」。哲夫、隆俊、秀夫の3兄弟は、三本杉岩に真剣に誓ったのだった。

その時以来、勉強もアルバイトも遊びも仕事も、すべてのことに3人が力を合わせて励んできた。この三本杉岩の教え、誓いがあったればこそ、現在の戸田中央医科グループがあり、中央医科グループ(板橋中央医科、戸田中央医科、上尾中央医科の3医療グループの連合体で、規模は日本最大級)がある。3人が力を合わせて生きていくことを誓わせた父に、隆俊は感謝するばかりである。

(敬称略)

(毎週火曜掲載)

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