今日の東京新聞朝刊28面に「埼京線子育てライン 沿線に続々駅近保育園」という記事が掲載されていました。

戸田市駅前保育園記事

記事によると、埼京線沿線に保育園が次々に誕生しているとのことです。戸田市にも、戸田公園駅近くに1つ、戸田駅近くに2つ、北戸田駅に1つできていますが、これは、神保国男・戸田市長が粘り強くJR東日本と交渉されて実現したことなのです。

私が戸田市に移ってきてからもずいぶん変わりましたが、かつて埼京線が東北・上越新幹線に沿いながら高架建設された時に、高架沿いに幅約20mの緩衝帯が設けられました。ここはいわゆる「環境空間」と呼ばれ、使わなくなった枕木を杭ににして鉄線が張られ、中は草ぼうぼうの場所になっていました。下の写真は2003年6月26日に私が撮影したものです。戸田公園駅から北戸田駅にかけて(まだ一部残っていますが)、このような「環境空間」が広がり「立ち入り禁止」となっていました。

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(五差路付近)

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(五差路付近)

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(戸田公園駅ジェクサー近く)

神保国男・戸田市長は「華かいどう21」構想を掲げ、これらJR東日本と粘り強い交渉を重ねられ、ある部分はJRにとって収益施設となる商業施設(戸田公園駅前のローソン100<当時はShop99>、マクドナルド、戸田駅前のどん亭、モスバーガー等)、ある部分は公園、ある部分は花や緑あふれる緑地路(戸田公園駅そばのまんようの花のみちなど)、ある部分は保育園、等といったように戸田市民にとって役立つ・憩うことのできる空間へと変えていかれました。

新聞記事では、戸田市で一番人気の保育園として、戸田公園駅そばの「さくら草保育園」が紹介されていましたが、そのさくら草保育園も建設前はこんな場所でした(↓)。

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そして、今も「華かいどう21」プランは進んでいます。

かつて、戸田市に新幹線と埼京線の建設計画が検討された時に、いち早くその情報をつかんだ一部の政治家が土地にまつわるいろんなことを行った結果、戸田市のまちづくりは混乱し、市民の政治不信も高まったそうです。戸田市内の駅前に、他の街ならあるはずの中心商店街がなく、なんとなく淋しい雰囲気にあるのも、原因はそこにあるとか。

とはいえ、現実は現実ですので、そこからいかに住みやすいまちづくりを行っていくかというのが、12年前に初当選された神保国男市長が背負われた課題でした。その後、神保市長の行動により政治不信だった人の心が少しずつ変わっていき、また街の様子も変化していきました。

現在、「東京の隣にある水と緑のオアシス都市」という将来イメージもと、良質な住環境づくりと文化によるまちづくりに力をいれる戸田市です。まちとしての「価値」が高まることで、産業立地としての優位性や人材が集うまちになっていくことが期待されます。

ますます「戸田市に住んで楽しいな!」になっていきそうで、嬉しい限りです。