ちょっと政治に関する話です。

もう10日前ほどの話になりますが、12月12日金曜日に戸田市役所で開催された、来年1月の戸田市議会選挙事前説明会に、現職25名、元職1名、新人8名の計34名の参加があったと、朝日新聞や東京新聞に記事掲載されていました。

戸田市議会選挙は次回から定数が1名減り、26議席になり、1月18日公示、25日投票で即日開票されます。 選挙を前にして思うのは、国・地方を問わず、投票行動次第で日々の生活に影響がでるということです。

今、「派遣切り」があちこちで行われ、住む場所もなくなる人がどんどん増えていますが、これもきっかけは小泉首相の時に国会で成立した「改正労働者派遣法」です。人を「コスト」とみるアメリカ式経営の考え方なら経済情勢によって「派遣切り」のような現象が生まれやすくなります。そのことが当時わかっていれば、今日困っている多くの方々が反対したはずです。

しかし、当時は小泉パフォーマンス劇場とも言われた熱狂の中で、その可能性を意識した方は多くなかったと思います。 為政者は常に批判にさらされる立場にあるので申し訳ないとは思うのですが、やはり小泉内閣には功だけでなく、功罪両面あるでしょう。 しかし、ほとんどの方はパフォーマンスの裏に隠された小泉首相の人間性に注目しませんでした。私もそのひとりです。しかし、今では、絶対多数の議席を背景に改正労働者派遣法のような法律を成立させた首相は「人を単なるコストや票とみなす傾向が強い」人だったのだと思っています。

今朝のテレビ番組にはハローワークを視察した麻生総理が職を探しにきた若者に対して「どんな仕事をしたいのか、やりたいことを考えることがまず大切だ」というような説教をしている部分が報道されていましたが、明日の生活を心配する人に対して必要なのはまず安心して働ける職を得ることであって、それもままならず不安をもっている人に対してやりたいことの必要性を説くことは、人としての想像力に欠けているのではないかという印象でした。

もちろん、マスコミは一部分だけ切り取って報道しますので誤解している可能性もありますが、麻生首相個人がどうだということよりも、パフォーマンスに走る人にはそれによって隠したい人間性の欠如というか、人に対する冷たさがあると私は感じています。 パフォーマンスをする人は結局「パフォーマンスに騙される人が馬鹿なのだ」と思っている節があります。

話は脱線しましたが、投票は政治の有り様を変えますから、結果的に私たちの生活に影響がでてきます。 それは戸田市議会選挙でも同じです。誰もが「良い戸田市にしたい」と言っていますが、「誰に」とって良い戸田市になのかを考えると、「市民にとって」という方もいれば、「自分にとって」という人もいます。「応援してくれる団体にとって」という人もいれば、「党及び党員にとって」という立場の人もいます。 このうち「応援してくれる団体にとって」「党及び党員にとって」という立場の人は、戸田市にその団体や党員の方々がおられる以上、議席をある数獲得するのは当然の結果ですので、私はとやかく言いません。

しかし、「自分にとって(都合の)良い戸田市にしたい」という人だけはごめん被ります。 今日も戸田公園駅近くで、自転車に「本人」と書いた青い旗を立てて走り道往く人にビラを渡す若い男性の現職議員を見ましたが、彼のみせている姿と実際にやっていること、やってきたことの大きな違いを知っているだけに、彼のパフォーマンスが皆さんの目にはどう映っているのかなと思いました。

政治家は結局は人柄だというのが私の信念です。