まったく個人的な話です。

昨日、夜にある会合に出て、雑談の中、私が大学生の頃に料理教室に行っていたことを話しました。

皆さん、「花婿修行していたんだ!」とか「だから嫁さん来ないんだよ〜!」とかからかわれていましたが、本当のところ、通った動機は別のところにあったのです。

私は20歳になる直前の11月22日に生みの母を亡くしました。その後、遺品整理をする時に私が真っ先にもらったのは、母が使っていた料理本やレシピメモでした。

お母様がご健在の方は意識されないかもしれませんが、子供の頃から慣れ親しんだ母親の味が無くなることはとても悲しいことです。

母が毎月一度は私のためにつくってくれていたトマトたっぷりのスパゲティミートソース(トマトベース)やハヤシライス、イワシの煮付けや筑前煮など、母の死によって全てが失われてしまいました。

でも、舌だけはそれを覚えているのです。

母の死がきっかけとなって、私は大学で心理学の道に進みましたが、大学で周りの友人たちが家庭の話をする度にとても淋しい気持ちに襲われました。そんな時にいつも心に浮かんでいたのは子供の頃の楽しかった家庭の風景でした。家族で食べた風景もしっかり思い出されていました。

だからこそ、料理の基礎を習って、母が残したレシピをもとに、母の料理の味を復活させたい、そう思って通ったのがベターホーム大阪梅田校という料理教室だったのです。

しかし、料理教室に通って、レシピをもとに母がつくってくれた料理をいくらつくっても同じ味は再現できません。似てはいるのですが同じではないのです。

母が子の成長を思う気持ちというエッセンスが欠けているのだとわかったのは後年のことです。でも、それがわかったからと言って、やはり再現はできませんでした。

どうでも良いことかもしれませんが、今、自分で自分の食事をつくる時に、時折、子供の頃の情景が浮かんできます。どんなことを思いながら、母は子供の食事を作ってくれていたんだろうなぁと想像してしまいます。

もし、死を前にして、神様が何かひとつだけ望みをかなえてあげようと言われたとしたら、私はどうしても再現できない母の料理のひとつを所望するかもしれません。

このブログを読んでくださる方の中には、母親のかたがかなりいらっしゃいますが、子供さんはあなたの味を忘れません。しっかりと伝えてほしいと思います。


… 長々と駄文を書きまして失礼致しました。