明日、4月26日は私の弟の誕生日です。
戸田市では、カフェ・シバケンの月末イベント(今月は「パン祭り」)。

そして、長野では、厳重な警備に守られた聖火リレーが開催されます。

聖火リレーに関しては、新聞やネットで流れている情報しか知りませんが、チベットの問題については、もともとチベットは中国の一部ではなかったという史実があります。約1ヶ月前にチベットのラサで起こった暴動の原因については、ネットで少しずつ漏れてきているようで、それらをみるとそうかもしれないと個人的には思うものの、自分の目で確かめたものでないので、はっきりとは書けません。

ところで、私は11年前に、中国の内モンゴル自治区に砂漠の植林ボランティアに行きました。その際、たまたまだったのかもしれませんが、私たちに同行した中国共産党の幹部たちは私たちが現地の小学校に持って行ったお土産でめぼしいものを横取りして自分のポケットにいれましたし、夏の太陽が照りつけるもとで行われたイベントで幹部が涼む日陰のあるテントに子供たちが足を踏み入れようとしたらまるで犬でも追うかのように腕を振り上げておっぱらったりした姿を目の辺りにしました。内モンゴルの人たちは泥レンガでつくられた貧しい住居に住むなかで、商店等きちんとした建物は漢民族の持ち物でした。

もっとも、それはたまたま極端な一部だけみたに過ぎなかったかもしれず、それだけで全てを論ずるのは間違いですが、その時は漢民族が他の少数民族を支配する共産党国家の姿に大変違和感を感じたのは事実です。

中国の聖火リレーに対する抗議活動、そもそものチベットの事件、それらをみて、植林ボランティアで滞在した時に直接目にしたことが強く思い出されます。

もちろん、思い出されるのは悪いことばかりではありません。現地の純粋な子供たちの姿に我が身を振り返る経験がたくさんありました。


インターネットで、当時ある財団の機関誌に掲載された私のリレーエッセイをたまたまみつけました(私は32歳でした)。「続きを読む」をクリックいただけると、以下に表示されます。もしよろしければ、ご笑覧くださいませ。

「絆を探して、そして深めて」

 昨夏中国内蒙古地域の砂漠植林ボランティアに参加した。その旅の中で目から鱗が落ちることがあった。

 まず、成田から上海へ渡った翌朝のことだ。早く目を覚ました。(といっても時差の関係でいつも通り6時に起きたら上海では5時だったわけだが)僕はホテルの部屋のカーテンを引いて窓の外を見て驚いた。前の公園にたくさんの人がいる。なにやら体操をしている人もいれば、独り剣を振り回している人もいる。皆、気功をするために集まっていたのだ。僕も趣味で気功をやるので、うれしくなって公園に出ていった。

 6時前だというのに、公園は熱気に溢れていた。自分と気の合う木を見つけてその前で運動している人もいれば、社交ダンスとしか思えないような気功をやっている人もいる。剣舞をしている人もいれば(これも気功)、大きな木の根本にラジカセを置いて、放射線状に集まってテープに合わせて気功をする人達もいた。特に印象的だったのが3人組のおばあさん達だった。彼女たちは背の低い茂みの前で声をそろえて、実に優しく安らかそうに歌っていた。公園を回ってみると年配の方が多く、若い人は希だったが、皆、自然や人と気の交流を行い元気で楽しそうだった。ここには老人が生き生きと一日の活動をはじめる光景があった。

 その日、上海から瀋陽(旧奉天)まで飛行機でわたり、その後、バスで北上すること約5時間で、目的地の内蒙古自治区の庫林旗(クリンキ)に到着した。

 翌日、植林の前に僕ら一行は小学校に立ち寄った。恐らく日本人を見るのは初めてなのだろう、好奇心に満ちた目で僕らを見つめる子供達。そして、中庭で子供達が歓迎の歌を歌ってくれた。最初の歌が「お母さんの歌」、そして「お父さんの歌」「おばあさんの歌」「おじいさんの歌」と家族を思いやり歌う少女の甲高い声が草原の乾いた空気の中に響きわたる。ろくに文具もない小学校。家の手伝いのために子供達は毎日登校するというわけではない。しかし、子供達の目は生き生きとしていた。家族との絆、そして暮らしている地域とのつながり、愛の中で子供達は健やかに育まれていた。

 人や動物・自然との絆を通して愛が流れる。住んでいる地域への愛が生まれる。そして、絆を通して生命が受け継がれる。時には絆づくりの妨げになるモノの無いところで、僕はそれをあらためて確認した。

 これまでの人生を振り返ってみると、僕は実にいろんな人に助けられ支えられてきた。今、住んでいる東京・西荻窪。ここには馴染みのアイスクリーム屋があり、そこのスタッフと友達になり店をきっかけに同じ志向をもつ友人の輪も広がった。愛着の生まれたこの街は仕事で疲れた心と体を癒してくれる。

 人や自然との絆−これが疲れた現代日本が取り戻さなくてはならないものではないだろうか。絆を探して、そして深めて、世間にお返しするような仕事と生き方をしていきたいと、今強く思っている。

http://www.tekisuiken.or.jp/foundation2005/relevos/essay_2.htm